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名古屋地方裁判所 平成2年(わ)1097号 判決

本籍

名古屋市熱田区金山町一丁目七一一番地

住居

同市天白区西入町一四八番地

無職

酒井恒明

昭和七年一一月三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官松村玲子出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年罰金一七〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、愛知県知立市昭和一丁目七番地一一に居住し、名古屋市北区駒止町一丁目一二一番地等において「中京ビデオソフト」などの名称で、ビデオテープの販売業を営んでいたものであるが、所得税の支払いを免れようと企て、売上金を架空名義の預金口座に振り込ませるなどの不正の方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和六一年一月一日から同年一二月三一日までの期間における総所得金額が五〇九三万五〇五九円あったにもかかわらず、右所得に関する所得税の確定申告期限である同六二年三月一六日までに所轄の刈谷税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、同六一年分の右所得金額に対する所得税額二四五三万三四〇〇円を免れ、

第二  昭和六二年一月一日から同年一二月三一日までの期間における総所得金額が三二七四万四九二四円あったにもかかわらず、右所得に関する所得税の確定申告期限である同六三年三月一五日までに前記刈谷税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、同六二年分の右所得金額に対する所得税額一二六九万三二〇〇円を免れ、

第三  昭和六三年一月一日から同年一二月三一日までの期間における総所得金額が三八九五万九七四八円あったにもかかわらず、右所得に関する所得税の確定申告期限である平成元年三月一五日までに前記刈谷税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、同六三年分の右所得金額に対する所得税額一四八九万六八〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  被告人の当公判廷における各供述

一  被告人の検察官(七月一七日付けを除く八通)に対する各供述調書及び大蔵事務官に対する質問てん末書

一  被告人作成の上申書四通

一  北川敦郎、石上雅彦、井上章及び奥住康二の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の査察官調査書二〇通

同第一の事実について

一  被告人の検察官に対する七月一七日付け供述調書

一  大蔵事務官作成の六一年分確定申告証明書及び脱税額計算書(甲第二号証)

同第二の事実について

一  大蔵事務官作成の六二年分確定申告証明書及び脱税額計算書(甲第三号証)

同第三の事実について

一  大蔵事務官作成の六三年分確定申告証明書及び脱税額計算書(甲第四号証)

なお、弁護人は、判示昭和六一年分及び同六二年分の各ほ脱所得金額中の勘定科目雑所得分のうちの株式売買益については、被告人はそのほとんどを被告人名義を用いて行っていたものであって、偽りその他の不正な行為により税を免れた場合に該当せず、また本件不申告脱税行為については、被告人が架空名義の預金口座の開設により直接隠匿したと認められる範囲の所得額についてのみ、当該不正手段により税を免れたものというべきであって、前記のような方法による株式売買益については、その株式取引の原資が判示の不正な方法により蓄積された金員であったとしても、株式取引行為の性格上本件の不正行為との間の相当因果関係は否定されると言わざるを得ないから、右両年におけるほ脱収入額からこれを控除すべきものであると主張するのでこの点について一言する。

被告人が株式売買の大部分を実名で行っていたことは前掲各証拠から認められるところであるが、不正行為による不申告ほ脱罪は、行為者に所得の存在及びこれに対する納税義務の存在の認識があれば個々の収益に対する個別的認識がなくても不正行為による直接のほ脱額を含む全免脱額について成立すると解するのが相当であるところ、本件においては、被告人は取扱証券会社との取引にあたっても他に架空名義あるいは第三者名義をも使用していること、被告人の実名による株式取引は課税の対象となることは認識した上で、証券会社の従業員に対し実名による取引であっても株式取引の関係から税務当局に収益が捕捉されることはないことを確かめた上で行われていたこと、被告人は株式売買益について現にほ脱の意思に基づいて税の申告をせず、右利益は不正方法を伴う事業所得と一体となって収益として蓄積されていることなどを総合すれば、右両年度における株式売買は概括的に不正な行為により申告されなかった所得の一部をなすものと認めるのが相当である。

(法令の摘要)

一  判示各所為 いずれも所得税法二三八条一項、二項

一  刑種の選択 所定刑中いずれも懲役刑及び罰金刑選択

一  併合罪加重 刑法四五条前段、四七条、一〇条、四八条

(懲役刑については犯情の最も重い判示第一の罪の刑に加重、罰金刑については右各罰金額を合算した金額の範囲内)

一  労役場留置 同法一八条

一  刑執行猶予 右懲役刑につき同法二五条一項

一  訴訟費用の負担 刑訴法一八一条一項但書

よって、主文のとおり判決する、

(裁判官 伊藤新一郎)

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